世界遺産「古都奈良の文化財」

東大寺南大門前の鹿

奈良の紹介、一発目、「古都奈良の文化財」のことぐらいは真面目に説明してみます(笑)
写真は壁紙としても使える大きな解像度のものにリンクしていますので、気に入った方はどうぞダウンロードしてお使い下さい。

「古都奈良の文化財」は1998年に世界文化遺産に登録されました。この世界遺産は考古学的な価値のある平城宮跡、多くの国宝を持つ東大寺、興福寺、元興寺、薬師寺、唐招提寺と春日大社の神社仏閣と、春日山原始林の文化的景観によって構成されています。

これらの構成要素は、奈良市内にありますが、すべてを廻るには、1泊2日旅がお勧めです。本記事は、古都奈良の文化財を巡る参考となる様に、構成要素の概要と見所等をまとめてみました。

興福寺

興福寺は奈良公園内の近鉄奈良駅から近い所にあります。この興福寺では国宝の東金堂と、国宝の五重塔が並び建つ姿が最も美しく、一帯に多くの観光客が集まり、記念写真を撮る姿が絶え間なく見られます。現在このエリアの西側に中金堂の再建工事が始まっています。
その他の歴史的建造物としては、国宝の北円堂、三重塔、重要文化財で西国三十三箇所の九番札所でもある南円堂等があります。

京都の寺院では歴史的建造物以外の見所としては、庭が素晴らしい所が多いものですが、古都奈良の寺院では建物以外では仏像に見るべきものが多くあります。特に興福寺の国宝館には、仏像や寺宝など40点以上の国宝が収蔵展示されており、ぜひ見学される事をお勧めします。あの有名な阿修羅像もあり、その美しさを目に焼き付けられると良いでしょう。

東大寺

興福寺を見学した観光客は、東に向かい東大寺を目指します。暫く歩くと、左手に土産物店が立ち並び、多くの鹿と観光客が戯れる東大寺への参道に出ます。その先には山門として最大の東大寺の南大門が見え、その奥に木造建築物として世界最大級の大仏殿が見え隠れします。

この大仏殿は、2度焼失し、現在のものは江戸時代に再建されたものですが、奈良時代の大仏殿は、さらに巨大であったと言う事です。また現在では、失われていますが、奈良時代には東西に巨大な七重塔が聳えていたとされ、現在も東塔の基壇部分などの発掘調査を進め、これを検証する作業も進んでいます。奈良時代の東大寺の伽藍は、現在を遥かにしのぐ荘厳なものであった事が推察されます。
東大寺、大仏
大仏殿で大仏様(廬舎那仏)を拝観した後は、東側の二月堂、三月堂、鐘楼などのあるエリアも散策して欲しいものです。二月堂からの大仏殿の大屋根とその先に奈良の町並みが続く絶景と出会う事ができ、東大寺の見所の1つと言えます。

春日大社

春日大社は1300年前の奈良遷都の際に、国の繁栄と国民の幸せを願って、鹿島神宮から武甕槌命をお迎えして始まり、その後、香取神宮から経津主命、また枚岡神社から天児屋根命、比売神をお招きし、現在もその4柱が本社に祀られています。

一の鳥居をくぐると、両側に石燈籠の立ち並ぶ長い砂利道が続き、少し疲れを感じる頃に、ようやく朱塗りの立派な南門に到達します。この南門は回廊で囲まれた本社の入り口で、幣殿と舞殿の奥には先の4柱を祀る本殿が並び建っています。回廊には、金色や朱色の無数の吊り灯篭が目を引きます。
春日大社
春日大社の広大な神域には、本社以外に61社の摂社・末社があり、合わせて散策されると良いでしょう。本社の南側の若宮15社や、秋なら紅葉の名所でもある本社の北側に位置する水谷神社とその傍にある茅葺屋根の水谷茶屋を散策されるのがお勧めコースです。

春日山原始林

奈良市の市街地の東側に位置する原始林で、春日大社の神域として古来より積極的に保護され、その原始性を保って来たのが春日原始林で、春日大社と切り離せない自然景観として世界遺産の構成要素になったものです。
春日山原始林を散歩する鹿
観光客は時間もなく、訪れる人はほとんどいませんが、春日山原始林内にある9km程の春日山遊歩道を散策すれば、神聖なる春日山原始林の自然に触れる事ができます。

元興寺

世界遺産でありながら、最も知る人の少ないのが元興寺でしょう。元興寺は、蘇我氏の氏寺の飛鳥寺を奈良遷都に合わせて官寺として移築建立されたものです。

奈良時代には広大な敷地を持つ大寺でしたが、次第に伽藍は荒廃し、堂塔は分離してしまい、現在では国宝の極楽坊本堂と、それに並び建つ国宝の極楽坊禅室のみが残っています。

この極楽坊本堂と極楽坊禅室の屋根瓦を注意深く見ると、黒い瓦に交じり茶色っぽい瓦が所々にあります。この茶色っぽい瓦は、幾度もの解体修理時に、可能な限り古瓦を使って来た事によるもので、中には飛鳥時代からの瓦も含まれている貴重な瓦なのです。

また元興寺の境内には、多数の石塔や石仏が立ち並び、独特な雰囲気を醸し出しています。これは浮図田(ふとでん)と呼ばれるもので、中世から江戸時代にかけての供養石造物群です。この浮図田の石塔や石仏の間には、冬は水仙、夏は彼岸花、秋は桔梗と言った季節の草花がお供えの様に植えられており、供養石造物群に彩りと季節感を与えています。

この元興寺は奈良公園の南に位置し、町家の残る通称なら町と言われるエリアにあり、なら町散策と合わせて訪れられる事をお勧めします。

平城宮跡

世界遺産である「古都奈良の文化財」の構成要素の1つとして平城宮跡があります。ここは、奈良の都の政治の中心であった宮殿の遺構の地です。

近鉄電車が走る、西大寺駅と新大宮駅間の線路の両側に、広大なススキの草地があり、そこが平城宮の遺構の地です。ここに平城宮の正門にあたる朱雀門が1998年に復原され、2010年には、第1次大極殿が復元され、さらに平城宮跡資料館、歴史館、遺構展示館など様々な施設が建築され、歴史を学ぶ観光地として整備が進んだものです。

大極殿は、天皇が国家儀式を行う時に出御される場所であり、まさに都の中心的な施設です。

この大極殿を中心に、唐の都を模して造営された平城宮があったと思うと、壮大なロマンを感じる事でしょう。広大な敷地に再建された建造物群が点在する地域ですが、往時の平城宮の雰囲気を少しは味わう事ができ、訪問する価値のあるスポットと言えるでしょう。

薬師寺

薬師寺は唐招提寺と共に、近鉄西ノ京駅の近くにあります。ここは平城京の西に位置する所である事から、現在も西ノ京と呼ばれています。

薬師寺は、創建当時の伽藍の多くを焼失し、当時の建造物としては国宝の東塔のみが唯一のものです。この塔は三重塔でありながら、各層の屋根の下に裳階と呼ばれる小さな屋根を持ち、6層の様に見える事で有名です。また、仏像では火災に見舞われた事により、表面が少し溶け、現在の黒光りのお姿となった薬師三尊像が有名です。

この薬師寺は長く殺風景な寺院でしたが、かつて管長であった高田好胤師が百万巻写経勧進による伽藍再建を提唱し、昭和46年に金堂を再建し、以降も講堂、西塔などが再建され、白鳳時代の伽藍が復興され、現在の素晴らしい姿となったものです。

しかし、現在は国宝の東塔は大規模な解体修理中で、東西の美しい塔を同時に見る事が出来ないのが残念です。

唐招提寺

唐招提寺は中国の高僧鑑真和上が、仏教伝道のために、失明など苦難の末に来日を果たし、創建された寺院です。これは歴史教科書にも出て来る有名な逸話です。

唐招提寺の建造物では、金堂、講堂、鼓楼、校倉造りの経堂と法堂が国宝に指定されています。また金堂に安置されている廬舎那仏座像、薬師如来立像、千手観音立像、四体の四天王立像、梵天・帝釈天立像の仏像も国宝に指定されており、多数の国宝を有する寺院です。

さらに歴史や美術史で習ったように、国宝の金堂の前に突き出た軒を支える木製の柱は、ギリシャ神殿の影響を受け、柱の中ほどが少し太くなったエンタシス様式であるとして有名です。これは、日本がシルクロードの東の果に位置する事の証左としてロマンを感じるものです。